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適材適所

 

※即位六年目ぐらい。大王様の名声が確立され、しかしまだ法制度は普及していない頃。

 

 

「なにとぞ、なにとぞ! 大王様の正しい裁きをお願い申しあげます!!」

 

 小柄な体から信じられないほどの大音声で述べた少年は、名高い王に対面してまるで臆する気配もなく堂々と立っていた。横に並ぶ大柄な少年のほうが、むしろ肩をすぼめて恐縮している。

 玉座からふたりを見下ろす当の大王様ことシェイダールは、頭痛を堪えるようなしかめ面で言った。

 

「確認するぞ。つまりおまえは、横のそいつがおまえに木登りさせないのは不当だからやめさせてくれ、と言うんだな? はぁ……俺は忙しいんだぞ。作業の采配は監督官の仕事だろう」

 

 大王様のぼやきを聞いた大柄な少年は、だからやめようと言ったろ、とばかりの視線を隣に向ける。だが小柄なほうは憤慨して言い返した。

 

「監督官が話にならないから、こうしてお願いに来たんです!」

「なぁ、もうやめろよアマル……お詫びして帰ろう、な?」

 ひそひそと小声でたしなめられ、訴え出た少年アマルはぎろりと連れを睨みつけた。

「うるさい、保護者面するな!」

 

 罵り返した声は一応ささやきに抑えているが、静かな謁見殿では筒抜けである。シェイダールは眉間を押さえてしまった。

 

 ――小柄な少年は名をアマル、大柄なほうはギルスという。共に王宮付属のナツメヤシ園で働いており、今は収穫作業でおおわらわの時だ。男が木に登って実の房を伐採し、女が下でそれを集めて運び、実を選別して干す。シェイダールの村でも同じだった。

 

 当然アマルも木に登ろうとするのだが、いつもこの友人が止めるのだという。危ないから俺がやる、おまえは下にいろ、と言って聞かないのだ。一度や二度ならず、

「こいつは俺に、女の仕事をしろと言うんです! 親切面をした酷い侮辱だ!」

 ……などと、アマルが真っ赤になって憤るほどに繰り返し毎度。

 

 ギルスも黙っていられず、遠慮がちながら口を開く。

 

「でも大王様も、こんなちっこいんじゃ危ないと思うでしょう? 無理に木登りさせなくても……」

「それが侮辱だと言ってるんだ! 無理じゃないと何回言えばわかる!?」

 

 睨むアマルに、怒り返すでもなくただ困り果てるギルス。二人のさまを眺めているシェイダールとしては、彼らの関係が事実どうあれ、痴話喧嘩に巻き込むな、と言いたくなる。いかに今日が『どんな者の訴えでも聞く日』だろうと、だ。

 大王様の内心うんざり感を見抜いたように、アマルが鋭い視線を向けて挑むように再度、裁定を乞うた。

 

「大王様なら、どちらが正しいかおわかり下さるはず。どうかお願いします」

「……ほう?」

 少年の言葉にある含みを察したシェイダールは、辛辣な笑みを浮かべた。

「なるほど、どうやらおまえは俺に関してあれこれの噂を聞いたらしいな。正しい裁きをつける、とかよりも……女のようだのなんだの言われて頭にきている、という話を。だから、背丈を理由に侮られる悔しさをわかってくれるはずだ、と期待して訴え出たか」

 

 見抜かれたアマルは表情をこわばらせたが、それでもやはり、怖じて引き下がりはしなかった。ぐっと拳を握って深くうなずく。その負けん気の強さには、シェイダールも苦笑するしかなかった。まるで自分を見ているようだ。しかしむろん、そんな理由で偏った裁きを下すわけにはいかない。

 

「ならば訊こう。おまえが求めるのは『仲間』の同情か? それとも真実公正な裁きか」

 虚を突かれたように、アマルは返答に詰まる。一呼吸ののち、少年は姿勢を正してまっすぐに王を見つめた。

「真実公正な裁きを。お願いします」

 

 わずかな迷いの間に、彼がおのれの勝手な望みを見つめて修正したことが、態度にはっきり表れている。シェイダールは満足し、かたわらに控えるリッダーシュに指示を出した。

 

 ほどなく、玉座の前に宝石を収めた櫃が運ばれてきた。面食らう少年二人の前に絨毯が敷かれ、そこに宝石がザラリと広げられる。色とりどり、大きさもまちまちのまぶしいきらめき。

 

「ちょうど良かった。今から二人でこれを仕分けしてみろ。できるだけ色と大きさが似たもの同士でまとめるんだ。それぞれが仕分けたぶんが混ざらないようにしろよ。いいな? よし、始め」

 

 理由は説明せず指示だけ出し、シェイダールは待ち時間の有効活用とばかり別件の訴状に目を通しだす。少年たちは顔を見合わせ、当惑しながらも作業に取りかかるしかなかった。

 しばらくして、終わりました、と声を上げたのはアマルのほうだった。書記に口述筆記させていたシェイダールはちょっと待てと手振りで示し、一仕事片付けてから向き直る。そして面白そうな笑みを広げた。

 

「予想通りだな。アマル、この結果を見てもまだ、自分も木登りするんだと言い張るか?」

「……え?」

 

 何を言われたのかわからない、とアマルは目をしばたたく。その少年の前には、色合いと大きさ毎に丁寧に分けられた宝石の小さなまとまりが、十数個。対して隣のギルスの前には、山が六つだけ。

 

「ギルスはまぁなんとか六色に分けるぐらいはしたようだが、大きさについてはかなり雑だな。それに総量も隣の半分あるかないかだろう。……アマル、おまえは色合いを見分ける目も良いし、判断して捌く手も早い。だから監督官は、おまえが木に登りたいと言っても相手にしなかったんだろうよ。下で女の仕事を手伝わせるほうがよほど効率がいいと考えたんだ」

 

 あっ、と少年が短い叫びを上げた。ようやく初めて自分の能力を知ったとばかり、目を丸くして成果の小山を何度も見比べる。

「……っ、で、でもこんなの、当たり前で……」

 もぐもぐと歯切れ悪く口走った独り言が、彼の認識を端的にあらわしているだろう。こんな程度は出来て当たり前、誰でも同じ。評価されているなど夢にも思わない。

 

「ちゃんとおまえに説明しなかったのは監督官の落ち度だ。まあ、木登りさせてもおまえは上手くやるのかも知れん。別にあの作業は小柄だからって不便なわけでもないし、むしろ身軽で木に負担がかからないから、大柄な奴より重宝されてたしな」

 

 懐かしむ風情で言った大王様に、少年二人は一瞬驚き、次いでそれぞれ微笑んだ。自分達の仕事をこの立派な王様も肌身で知っている、というのが嬉しかったのだ。

 二人の雰囲気が和らいだのを受けて、シェイダールもにこりとした。

 

「だがおまえがギルスの仕事を取ってしまったら、そいつに選果作業をやらせるのは効率が悪いどころか、明らかに労力の無駄だ。おまえは女の仕事だと言って憤慨しているが、誰にでも出来る作業ってわけじゃない。適材適所、持ち前の能力を活かせ、って話だ。わかったか?」

「はい! 光栄です!」

 

 アマルは頬を紅潮させ、打って変わって晴れやかに答える。よし、とシェイダールは満足げにうなずいてから、ふむと考えて提案した。

 

「しかしおまえ、本当に目がいいし手が早いな。彩石工房に来て欲しいぐらいだが、ウルヴェーユの習得はまだなのか?」

「えっ、遠慮します!」

 

 滅相もない、とばかり頓狂な声での即答。勧誘を蹴られたシェイダールが眉を上げると、少年はあたふたと弁解した。

 

「俺はそんな、難しいことはできません。今の仕事が精一杯だし、立派な人にまじって高価な宝石を扱うとか……それこそ不適当ってものです。お言葉はすごく光栄ですけど」

「……そうか。まぁ無理強いはしないが、おまえにはそういうのが向いてるってことは覚えておいてくれ。将来、路が開いてウルヴェーユに馴染んだ頃に、転職できるかもしれないってな」

 

 シェイダールが鼻白む。少年達があからさまにほっとした様子で視線を交わしたもので、なんだ結局仲が良いんだろうに、と苦笑するしかない。馴染んだ仲間と職場から離れたくないのだろう。

 

 裁定は成った、として退出を命じ、召使に石を片付けさせる。次の者を迎える場所が空くのを待つ間、シェイダールはまた別の訴状を読みながら、傍らの友人にこぼした。

 

「やれやれ。あれはあれで適材適所、とはいえ手を差し出して振られると気分が悪いな」

「彼の気持ちもわかる。共に働く仲間の良し悪しは、意欲にも能率にも影響するものだからな。仕事の内容や報酬の多寡よりも重要になる時はあろうよ。私も、仮に今よそから招かれたとて一顧だにせぬとも」

「俺だっておまえを手放す気はないぞ」

 

 シェイダールは文書に目を通しながら、当然のごとく応じる。二呼吸ほどしてから我に返ったように顔を上げ、言い添えた。

 

「不足や不満があるなら何でも言ってくれ。善処する」

 

 世間の評判と身分に似合わぬ素直さに、リッダーシュは思わずふきだした。続く笑いの発作をどうにか堪え、しまりなく笑み崩れそうになるのをぐっと引き締めて表情を取り繕う。

 

「そうだな、欲を言えばおぬしにはもう少し、余裕をもって政務をこなし充分な休息を取って欲しいものだが」

「そういうのじゃなくてだな……というか、それは外で行列作ってる連中に言ってくれ」

 呻いて両手に顔を埋めた大王様に、無二の親友は朗らかな笑声を上げたのだった。

 

 

 

 なお、アマル少年は監督官に抗議すべく事の顛末を報告し、

「大王様の勿体なくもありがたいお言葉を断るとはとんでもない無礼不作法! 何ということをしてくれたのだ!!」

 だとか理不尽に叱責され懲罰を受け、再びその件で訴えの行列に並ぶことになるのだが……それはまた後日の話である。

 

 

(終)