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髪を結う

 

※候補者修行中のある日。

 

 

「あっ」

 召使が短い声を上げると同時に、するっ、と髪が滑り落ちるのを感じる。シェイダールは小さくため息をついた。

「いつも通りにしてくれ。邪魔にならなければそれでいい」

「申し訳ございません」

 召使が恐縮しながら、まっすぐな黒髪を束ねて紐を結ぶ。飾りの髪留めが艶やかな髪を滑り落ちないか、召使が慎重に確かめているのをよそに、目の前ではリッダーシュが自分の髪を器用にちょいちょいと一本の三つ編みにしていく。

 金茶の髪には緩い癖があって、それがうまく絡まるのだろうか。まるで苦労する様子もなく、先を結んでピンと弾き、背中へやった。

 真似ようとして果たせなかったシェイダールは、少しばかりうらやましげな顔をする。

「器用だな、おまえは」

「慣れれば簡単だぞ? とはいえ、おぬしのその髪では難しいやもしれぬな」

 リッダーシュは苦笑した。召使がやっとうまく結い終え、一礼して静かに去る。朝の身支度の度にすっかり馴染みになった光景だ。

 王宮に来てわかったことだが、シェイダールの髪は恐ろしく結いにくい。村にいる間は髪など砂埃の汚れで傷んでばさばさで、まず結うこともなかったのだが、毎日丁寧にくしけずり、沐浴も頻繁におこない、香油をつけて手入れするようになった結果、しなやかさを通り越して頑固なまでの張りを獲得してしまったのである。

 心持ち憮然としたシェイダールに、リッダーシュが面白そうな顔をした。

「髪は人となりをあらわす、と祖母がよく言っていた。太く硬い髪の者は強情っぱり、細く柔らかい髪の者は頼りない。おぬしを見ていると、まさにその通りだと納得するよ」

「迷信だな」

 シェイダールは鼻を鳴らして一蹴した。

「いやしかし」

「禿げた奴はどうなるんだ」

「……それは考えたことがなかったな」

 今気付いた、とばかり真面目にふむと唸るリッダーシュを横目に見やり、シェイダールは相手にしないふりで日課にとりかかった。

 常日頃、まっすぐな漆黒の剛毛と同じ性根のあるじと相対して、気を悪くした様子など見せたことがないこの従者は、明るい色の、柔らかくもしっかりした髪をしている。それが偶然ではないような気がして、馬鹿馬鹿しい、とシェイダールは己の額を小突いたのだった。

 

 

(終)

 

 

 

(オマケのオチ)

 しばしの後、髪の話など忘れた頃になってリッダーシュがぱっと嬉しそうに笑い、声を上げた。

「わかったぞ」

「何が」

「禿頭の人となりだ。『掴みどころがない』」

 不意打ちをくらってシェイダールはまともに噴き出してしまい、むせて呼吸困難に陥る。無邪気な従者は元凶の自覚もなく、あるじの背をさすって心配してくれたのだった。