※2011年のエイプリルフールネタ。
「起きて、フィン! 早く早く!」
溢れる歓喜に弾む声が、フィンの意識を眠りの海から引き上げた。まだ半開きの目をこすりながら、彼はもそりと身を起こし、明るい光の射す方を振り返る。
そこにあったのは、伴侶たる天竜レーナのきらきら輝く笑顔――と、いまだかつて見たことのないものがひとつ。
「見て、やっとデイア様が授けて下さったの!! フィンと私の、こども!!」
こども――?
(いや、違うだろう、あれは)
フィンの目が、何の間違いだと疑うように細くなる。
あれは、どう見ても。
(たまご、だ……)
人の身長のゆうに半分はある、超特大たまご。大理石のような殻が、それを抱くレーナの発する光を受けてか、ほんのり薔薇色に輝いている。
(竜って、たまごで産まれるのか)
思わずベッドに両手をつくフィン。まぁ確かに翼があって空を飛ぶのだから鳥の仲間と言われたら納得できなくもないようなあるようなっていうか人の姿を取れるのに何故たまご。
レーナと一緒に喜ぶべきなのだろうが、とてもそんな気分になれない。混乱と放心の狭間で平常心がゆらゆら揺れ動く。そこへレーナが笑顔で迫った。
「フィン、ほら、抱いて」
たまごを差し出され、フィンは恐る恐る受け取った。一人で持てる重さなんだろうか、と不安になったが、ベッドの上を滑らすようにして渡されたので、落として割る心配はせずに済んだ。
言われるままに、そっと両腕で抱きかかえる。……手が反対側まで回りきらない。
どうにかたまごを支えたフィンに、レーナは相変わらずの笑顔でうきうき言った。
「よろしくね、フィン」
「……え?」
よろしくって、何を。まさか?
フィンは不吉な予想に顔をゆがめる。レーナは、どうしてそんな顔をするの、と不思議がる風情で小首を傾げた。
「だって、たまごは男のひとが温めるのよ?」
「そ……、そんなこと、言われても」
どうしろと!!
内心悲鳴を上げながら、とりあえずたまごはしっかり抱いている。というかむしろ、フィンの方がたまごにへばりついている格好だ。これでは到底、たまご全体を温められはしない。
ふわふわのもこもこに変身出来るわけでなし、毛布や毛皮でくるむぐらいしか思いつかないが、それでは保温は出来ても加温は無理だ。
(納屋にでも安置して、部屋全体を焚き火で温めるか?)
使えそうな納屋があったっけ、などと考える。問題はそこじゃない気もするが、真面目が基本仕様なので致し方ない。イッツ墓石クオリティ。
と、不意に彼の考えをなぞるように、焚き火の匂いが漂ってきた。あれ、と横を見ると、いつの間にかネリスが袖まくりして、どこから出したか巨大な鍋を火にかけている。
「まったくもう、男ってだめねー。ほら、あたしに任せなさい、ちゃんとあっためてあげるから!」
自信満々に言うネリスだが、なぜか鍋にはぐらぐら湯が煮えている。
フィンはぎょっとなり、慌ててたまごを背後にかばった。
「待て、やめろ、茹でる気だな!? これは鶏の卵とは違うんだぞ!!」
「わかってるわよ、竜のたまごでしょ? このぐらいしなきゃ、あったまらないのよ! 何も知らない旦那様は、女の仕事に口出ししないの!!」
「確かに俺は何も知らないが、おまえはどうなんだ! 絶対違うぞ、それは! っていうか、だったらなんで木槌とスプーンと塩とか用意してるんだ!! 食う気満々だろうが!!」
絶対に渡すもんか、とたまごをしっかり抱きかかえ――ようとしたところで、両腕を左右からがっしと掴まれた。右腕をつかんだのは、
「な……、ヴァルト! なんであんたがここに」
そして左腕は。
「プラスト、あんたまで!!」
二人の男はそれぞれなりの表情でフィンを見下ろし、そのまま強引にたまごから引き離す。
「すまんな、フィニアス」
プラストがいつもの淡々とした口調で詫びた。そして。
「俺は今、猛烈に腹が空いているんだ」
「そんなもん理由になるか――!!!!」
「――ッッ!!」
がば、と跳ね起き、肩で息をつく。
「夢……」
当たり前といえば当たり前のオチに、フィンはがっくりうなだれた。
横ではレーナが、すやすや平和に眠っている。思わず知らず、深ぁいため息をひとつ。
ああ、夢で良かった。
しかし。
(まさか、本当にたまごってことは、ないよな……?)
確かめておいた方が良いような、訊くのが怖いような。
複雑な気分で、フィンはしばらくじっとレーナの寝顔を眺めていたのだった。
もちろんたまごじゃありませんよ…(笑)