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覚書(ゴーレム)

素手で洗剤使って洗い物しても平気な皮膚だったらよかったのになぁ

というのと

女同士でのんびり魔女ライフ送りたいなぁ

という願望が合体した、

出オチ感満載の妄想をメモしたもの。続きは無い。

 

 

 

 ※ ※

 

 

 もしも、またこの世に生まれなければならないのなら。

 その時はぜったいに、完璧な肌が欲しい。

 

 以前のわたしは時折そんなことを考えていた。

 重度のアトピー持ちで、小さい頃から常にどこかが痒くて痛くて、肌着はいつも血の染みだらけ。入浴は拷問みたいなものだった。

 薬を塗っても飲んでも良くならなくて、四六時中ぼりぼり身体を掻いては皮膚のかけらを落とすものだから、学校では「汚い」「ばい菌」といじめ倒された。

 

 だから。

 次の人生があるなら、他には何も望ま……ないこともないけど、最優先でひとつだけ願うなら、完全無欠なお肌を、と。

 

「だめだちくしょう、弓矢じゃ歯が立たねえ!」

「もっと強いやつ持ってないのか!?」

 

 ええまあ、そう願いましたよ、神様。確かにね?

 だけど。

 

「どうなってんだ、なんで爆弾でも吹っ飛ばねえんだよ!」

「くそっ、邪魔だこの」

「土人形《ゴーレム》め!!」

 

 ――だとか。

 

『ほんと、何の冗談なんですかね……』

「しゃべった!?」

「あっ、あっあっ、動いた、こっち来んな! ぎゃー!」

「撤退ィー!」

 

 さっきから遠巻きにして、石をぶつけたり矢を射かけたり、果てはなんか爆弾らしいものを投げてきたチンピラさん五名ほどが、大慌てで逃げていく。

 なんだかな。

 

 わたしは立ち上がって、身体の前面を見下ろした。傷どころか焼け焦げひとつない。もちろん痛くも痒くもない、パーフェクト。そういう意味じゃなかったんですけどね神様。

 天を仰いで心の中で恨み言をぼやいてから、ゆっくり背後を振り返る。

 わたしが盾になっている間、そこではひとりの若い女性が這いつくばって、何かの植物を掘り起こしていた。

 

『終わりました?』

「待って、もうちょっと……うんしょ、うんっ……しょ! 採れた!」

 

 ふー、と満足の息をついて顔を上げ、まぶしい笑みをこちらに向ける。癖の強い栗茶色の髪、痩せた頬にはそばかすの名残。いわゆる美人の造作ではないけれど、笑顔は明るくて、その目を見るだけで賢さが窺い知れる。

 

「ありがと、マキちゃん。泥棒さんたち追い払ってくれて」

『はぁ。まあ、勝手に逃げてったんで』

「ははっ、そうだね」

 

 屈託なく応じて、採った草を布の袋に入れる。この人が、今のわたしの“マスター”だ。いわゆる“魔女”だそうで……ほんとつくづく、何の冗談だか。

 

 

   ※

 

 

 わたしは電車に轢かれて死んだ。

 

 自殺、ではない。いやまぁ、毎日うっすら「早く死にたいなー隕石落ちないかなー」なんて思いながら生きてはいたけれど。

 ホームの端っこ近くにぼんやり立っていたのは、なるべく他人に近寄りたくないから。

 中年男にぶつかられただけで――まぁ結構な強さではあったけど、それにしても――大きくよろけて転落したのは、踏ん張る気力もないほど疲れていたから。

 

 あ、やば、と思ったのが最期の記憶。

 

 思えば無意味な人生だった。

 痒い痛い不快感に耐え続け、何ひとつ楽しくない学校をどうにか卒業して。

 「メイクは女性のマナーです」って言葉を真に受けて、肌がボロボロになるのを我慢して下手くそなのにメイクして就活して、いじめ後遺症の低スペックゆえに落ちて落ちて落ちまくって。

 心も身体もずたぼろだったけど、働かないわけにはいかないから、どうにか非正規の職を見付けて。

 そうして先の見通しもないまま、目の前の毎日をしのいでいた。

 

 それが、あ、やば、でぶっつり切れて、しばらく眠ったような感覚の後、ふとまた意識が戻った。

 飛び込んできた第一声が、

 

「やあ、起きたね」

 

 ……だった。

 なんだ助かったのか、でも病院の人にしては妙だな、って不審に思いながら、目を開けたそのまんま意識が飛びそうになった。

 

 冗談でしょう神様。

 

 ぼっちの常で漫画アニメ小説ゲームと一通り嗜んだから、今いる場所が魔術っぽい何かの研究室か工房だってのはわかる。

 

 そっかー、転生しちゃったかー……、なんでやねん。

 

 諦めに似た気分で納得してから、エセ芸人的に突っ込んだ。なんとなく今の自分が生身の人間ではなく、何かのロボット的な人工物に生命と精神を付与された状態だってことも、ぼんやり認識できた。

 

『どーも……はじめまして』

「おっ、自発的にしゃべった! うーんさすが、高い護符はギフトの効果が違うね。ではこちらからも挨拶を。私はエカテリン、君のマスターだ」

 

 

 

「それで、君の名前は? 私がつけようか」

『マキ……なんとか、だったと思うけど、思い出せない……』

「思い出す……? 待った、もしかして“生まれたてのゴーレム”じゃなくて、誰かの魂が入っているのかい?」

『たぶん。この世界の人間じゃないですけど』

「ええっ、何それ詳しく!」

 

 身を乗り出した彼女に、わたしは自分のことを説明した。地球、日本という国。わたしの略歴。マキというのが名前なのか苗字なのか、それすら定かでない。

 

「んー、たぶんゴーレムと一体になるために、元の自我を定義する名前は削られちゃったんだろうね。そうか」